アップル(Apple)ソニー(Sony)任天堂(Nintendo)差が付き過ぎた

アップル、ソニー、任天堂からは学ぶ事が多いです。かつて任天堂というアメリカでは無名の日本のゲームメーカーが、衰退しまくっていたアメリカの家庭用ゲーム機市場を復活させた事がありました。ソニーという日本の大企業が、今は飛ぶ鳥を落とす勢い のアップルというアメリカ企業の目標だった時があったのです。任天堂にしてもソニーにしてもかつての栄光が嘘のような現状に甘んじてしまっています。非常に悲しいことです。10年一昔とは良く言ったもので、1987年の任天堂がその10年後ソニーにゲーム機市場の牙城を崩されるとは一体誰が予想できたでしょうか?2000年のアップルとソニーを見て、2010年のアップルとソニーを見たら、誰もがその違いに愕然とさせられるはずです。アップルはipod, itune, iphone, ipad の驚異的な成功で絶頂期を迎えている一方で、PS3(cell)で大コケしたソニーは凋落の一途を辿ることになるわけです。人生一寸先は闇とはまさにこの事ではないでしょうか。

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ソニー(SCEI)の失敗

プレイステーションの大成功で慢心があったのかどうかは定かではありません。PS2のEE, GSの後継として、ソニー・SCEは東芝、IBMと組んで、5000億円という莫大な資金を投入して、次世代ゲーム機PS3に載せる超高性能CPUの自社開発に乗り出します(IBM、ソニー、SCEI、東芝 次世代プロセッサ「Cell」の技術仕様を公開)。ナンバーワンからオンリーワンを目指したのかも知れませんが、独自性を追求するあまり、ゲーム専用機にそこまで金をかける必要があるのか?という最も基本的な部分を見失てしまったのかもしれません。CellはPS3以外の用途も視野に入れていたみたいですが、その構想も所詮は絵に書いた餅だったことが露呈してしまいました。SCEに関しては、PS3以降の累積赤字額が2010年の段階で9000億円に達するという話まで存在していました(バンダイナムコは子会社社長を降格、SCEは実質解体 惨状を極めるゲーム業界の未来を考える)。ソニーのblunder (大失態)を横目に、任天堂はDSで大成功を収めることになるのですが、子供からお年寄りまで遊べる脳トレやおい森の存在が大きかったのと、PS3の失敗のおかげでドラクエ9がDSで発売されたことが、売上に貢献したことは言うまでもありません。ゲーム機はハードの性能よりもソフトが遥かに大事だということを、PS3とDSが改めて教えてくれたとも言えます。そもそもプレイステーションの成功も、リッジレーサー、バイオハザード、ファイナルファンタジーⅦといったキラーソフトのお陰でもあるのです。Cellにかけた開発費の一部をゲームソフト開発に振り向けるだけでも、その後の展開は全く違っていたはずです。まぁ、hindsight is always 20/20 なんですけどね。歴史にIfは許されないとは言いますが、未来にIfは許されるのです。

“Those who cannot remember the past are condemned to repeat it” – George Santayana
過去に学ばない者は同じ過ちを繰り返す。

ソニーと任天堂

巷では、ファミコンはATARIのパクリと言われているのですが、実際はアタリ社がファミコンを海外販売する権利を得る交渉が水面下で進められていたらしいのです(A former mentor recalls the early career of Satoru Iwata)。なので当然パクリではないのですが、奇しくもアタリショックの年である、1983年に日本でファミコンは発売されました(North American video game crash of 1983)。ファミコンは日本で史上空前のブームになりました。任天堂は1985年、アタリショックで衰退しきっていたアメリカゲーム機市場に、NESを投入するという暴挙に出るのですが、何とこのNESがアメリカのテレビゲーム市場を完全復活させてしまうのです(The NES turns 30: How it began, worked, and saved an industry)。任天堂のこの大胆不敵なアメリカ進出は賞賛に値します。1985年以降、世界の家庭用ゲーム機市場は今日に至るまで日本の独壇場となるわけなのですが、コンピュータ、ソフト無ければ、タダの箱と言われるように、質の良いゲームソフトを量産し続けたことが任天堂の勝因だったことは言うまでもありません。ドラゴンクエストⅢが発売された1988年はファミコンの絶頂期と言っても決して過言ではないでしょう。ドラクエⅢは社会現象を巻き起こしたほど売れに売れました。しかし、その10年後にまさかソニーがプレイステーション(FFⅦ)の大成功で任天堂の牙城を崩し、以後ゲーム機市場を任天堂に代わって牽引していくことになるとは、一体その時誰が想像出来たでしょうか。任天堂はそれまでに、MSX、PCエンジン、メガドライブ、ネオジオ、Atari Jaguar、3DO等の対抗ゲーム機をことごとく粉砕していたにもかかわらず、ソニーのプレイステーションにだけは勝てませんでした。任天堂から奇跡的な勝利を勝ち取ったソニーは絶頂期を迎えることになります。その同じ時期にアップルは倒産の危機に瀕していました。今この世の春を謳歌しているのが、そのソニーに憧れていたアップルなのですから、世の中は本当に皮肉なものであるとしか言い様がありません。今から19年前の1997年、破綻しかけていたアップルを救ったのがマイクロソフトだったというのも全く皮肉な話です(Microsoft’s biggest mistake: Investing in Apple was the ‘craziest thing we ever did’)。

Apple Sony Nintendo 何故差がついたのか?

アップルの成功は成功企業であったソニーに学んだ事が大きいのではないかと思います。ソニーに追いつけ追い越せという目標があったんだと思います。Steve Jobs (スティーブ・ジョブズ)がソニーに憧れていたことは厳然たる事実だからです(John Sculley: Steve Jobs Wanted to Be Sony)。何かを目標にしている時人は強いと言えます。ソニーは任天堂を目標にしていたんでしょうが、ゲーム機市場で任天堂を圧倒してからは、目指すものを失ってしまったのではないでしょうか。と言うよりも、ゲーム作りから半導体作りへとSCEの目指すものが変質してしまったとも言えるかもしれません。ゲームソフトの開発にリソースを集中するのではなく、ハードの性能を追求し過ぎるあまり、次世代CPU/GPUに開発のリソースを集中させてしまったのが敗因だったことは明らかです。PSの驚異的な成功がSCEの道を誤らせてしまったのかもしれません。任天堂の失敗は任天堂64に時代遅れのROMカセットを採用したことだと言われています。FFⅦは容量的にプレイステーションのCD-ROMでしかその世界観を表現しきれないとか、そんな感じのことをその当時に聞いた記憶が微かに残っています。製品のデザインも時としては致命的になるということでしょうね。アップルの成功は、ハードの生産を自社生産ではなく、中国企業に丸投げ(アウトソーシング)したことが大きかったと言われています。アップルのようなファブレス企業こそ、日本企業がこれから目指すべき未来の姿なのかもしれません(総論)。ただ、ソニーにしても、任天堂にしても、ガンホーがパズドラでやったことを何故できなかったのか?という疑問が残ります。2匹目のドジョウを狙って、マリオでパズドラ!というゲームを出してはいますが・・・。任天堂とソニーはゲームスマホを出せなかったのかという話は過去にネット上でよく見かけました。パソコンに未来が無いように、据え置き型ゲーム機にも未来がないのは明らかです。スマホの性能がパソコン並に向上すれば、全てはスマホに集約されるだろうからです。そうなれば、スマホを無線で大型ディスプレイやキーボード、ゲームコントローラー等に繋ぐだけで、パソコンと据え置き型ゲーム機に早変わりするようになるのは目に見えています。

10年先を見据えた成長戦略

アップルのような成功企業になるためには、大胆なリストラと社内改革が当然必須で、贅肉を限界まで削ぎ落として身軽になる必要があります。そう言った意味からも、終身雇用制が日本企業の足枷になっていることは確かです。竹中平蔵氏の言うように、無駄な正社員を自由に解雇できるようにすることが、今の日本に求められていることなのかもしれません。今の日本は無駄に高給な人員(贅肉)を抱え過ぎていて、企業や国の成長戦略の大きな足枷になってしまっています。10年先を見据えた企業・国家経営を考えた場合、スリム化(downsizing)によりフットワークを軽くする必要があります。企業経営に限って言えば、アップルのように売れる製品の設計・開発にリソースを集中させる(fabless)ような改革が求められています。国も企業も大胆な人員整理をしなくてはならないでしょう。正社員(公務員)制度を廃して、work-sharingを徹底させる。今まで一人の正規社員(公務員)の維持に年間1500万円~2000万円かかっていた人件費を、維持費年600万円の非正規社員を2人雇うことで、人件費は年間300万~800万円浮くだけでなく、ダラダラと無駄な残業をしながら1人でやっていた仕事を、2人で協力してやることにより、仕事の大幅な効率化までできてしまいます(休みも取りやすくなる)。何れにしても、日本の企業・国家経営者に大胆な発想の転換が求められていることだけは確かです。

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