亡国日本:一億総貧困化政策が着々と進んでいる

一億総貧困化時代の悪夢。貧困女子、子供の貧困、若者の貧困、中高年の貧困、貧困老人と先進国とは思えない程、貧困が深刻化している日本であるが、貧困の本番はこれからだという事を肝に命じておいた方がいいだろう。資産家、公務員(準公務員)、破綻の心配の無い企業の正社員で、健康に自信のある人間以外はいつ貧困化してもおかしくないし、一億総貧困化時代の到来はそう遠い未来の話ではないのだ。一億人の貧困層と2500万人の富裕層、それが日本の末路だと思って間違いない。何故なら政府・日銀はそういう世界を作り上げようとしているからだ。

超超高齢化社会待った無し

若者の貧困化が叫ばれて久しいが、その間、政府はこの問題に対して沈黙を続けてきた。氷河期世代救済は急務と1998年から言われ続けているが、18年間にわたり放置し続けた結果、超少子化問題はもうどうにもならない所まで来てしまったという感が強い。政治的無策が経済的危機を拡大してしまったのだ。例えば、財政危機が叫ばれているアメリカは2015年度、3.8兆ドルの国家予算に対し、財政赤字は439億ドル(11.6%)であった(U.S. fiscal year budget deficit narrows to $439 billion | Reuters)。これに対し日本の2015年度の財政赤字は国家予算の38.3%である。日本の財政は危機的状況で、やがて人類史上未曾有の超超高齢化社会を迎える日本は今後負担は増える事はあっても減る事は絶対にない。その増え続ける高齢者を支える若者が減り続け、さらにその将来を背負って立つ若者が貧困化していけば、社会システム自体が遅かれ早かれ破綻してしまう。負担を全て次世代に丸投げする今のやり方は長続きしないのは明らかで、痛みを全国民で分かち合う政策に切り替える必要がある。

若者の貧困化が止まらない

若者の貧困化は先進国が抱える共通の問題と言える。しかし、少なくとも他の先進国の若者の貧困化は移民・難民問題から派生しているという事は前回説明した通りである。移民・難民問題を抱えていない日本の若者の貧困化は、もはや若者の貧困化は国策と言うしかないだろう。若者の貧困、貧困女子、子供の貧困は決して他人事ではない。何故なら、日本人の8割はいつ貧困化してもおかしくないのが今の日本の現状だからだ。貧困化した若者はやがて中年貧困者となり、最終的には生活保護を受けるしか生きていく道が無くなる。そうならない、そうさせないためには、政治と社会の在り方が変わらなければならない。もはや個人の力だけでどうにかなる問題ではない。

一億総貧困化政策

横浜市が若者の貧困をテーマにフォーラム 雇用と働き方を考える

現在、国内では15.4%(約151万人)の学生が経済的に困難な状況にあり、過去15年で若者の非正規雇用の割合が13.8%(約274万人)から29.1%(約421万人)に増加しているなどの調査報告がある。

過去15年で非正規雇用の割合が13.8%から29.1%に増加している事に驚く人もいるかもしれないが、過去20年で20代人口が何と600万人も減少しているにもかかわらずにこの数字は酷すぎるとしか言いようが無い。

みんなが幸せになる「保育園義務教育化」

この20年間で、20代人口はなんと3分の2になり、数で言うと何と600万人も減った。若者向けの商品が売れなくなるのは当たり前なのだ。そういえば、若者が多かった1990年代後半には、自動車も音楽CDも雑誌もよく売れていた。

1995年から2014年までの20年間で日本のGDPが減少している事は以前にも述べたが、その20年間で20代人口が3分の1も減り、異常に人口が多かった団塊世代とその下の世代が退職した事で、本来なら若者の非正規雇用率は限りなくゼロに近くならなければならないはずだ。しかし現実にはこの15年間で逆に使い捨ての非正規雇用者が激増しているのである。企業は人、から、企業は人を使い捨て、の時代へ移行した事により、若者達は正社員として就職し結婚して子供を持つというごく平凡なありふれた生活を略奪されてしまった。派遣法改悪、儲け主義、近視眼的なその場しのぎの政策、企業の社会的責任の放棄など色々な原因が考えられるが、官民一体となった1億総貧困化政策がいつの間にか進められていたと言ってもいいのではないだろうか?

For whom the bell tolls

it tolls for thee. – John Donne

ジョン・ダンの、no man is an island… の詩は、要は人は誰も一人で全体を作ることは出来ないし、逆に言えば、たった一人が欠けただけでも全体に何らかの影響を与えるという事を言っている。貧困は自分には関係ないと言って無視、放置し続ければ、やがては自分も貧困に陥っているかもしれないという事を、そしてその時あなたを助けてくれる人は誰もいないという事を多くの日本人は決して忘れてはならない。常に社会の弱い立場の人達が最初の犠牲者になるという事も絶対に忘れてはならない。

First they came for the Jews
and I did not speak out
because I was not a Jew.

Then they came for the Communists
and I did not speak out
because I was not a Communist.

Then they came for the trade unionists
and I did not speak out
because I was not a trade unionist.

Then they came for me
and there was no one left to speak out for me.

最初に彼等がユダヤ人を連行した時、私は声をあげなかった
私はユダヤ人ではなかったからだ

次に彼等が共産主義者を連行した時、私は声をあげなかった
私は共産主義者ではなかったからだ

その次に彼等が労働組合員達を連行した時、私は声をあげなかった
私は労働組合員ではなかったからだ

その後、彼等が私を連行した時、
私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった

マルティン・ニーメラー