イディオム The lowest common denominator 意味 例文

the lowest common denominator = the least common denominator (LCD)は、最小公分母という意味になります。the lowest common multiple = the least common multiple (LCM)は、最小公倍数のことです。例えば、2と3と6の最小公倍数は6です。もう一つ、the greatest common divisor (GCD) = 最大公約数、というのもあります。2と6の最大公約数は2です。最小公分母とは、2つ以上ある分数の分母の最小公倍数のことで、例を挙げれば、1/2と1/3の最小公分母は、6になります。(1/2)+(1/3)=(3/6)+(2/6)=5/6の計算式を解く際の通分作業時に最大公分母は必要になってきます。この the lowest common denominator には最小公分母という意味以外に、イディオム的な意味も併せ持っています。今日はこの the lowest common denominator の数学用語以外の比喩的な意味で用いられている例について調べて行きたいと思います。

The lowest common denominator 意味

Definition of lowest common denominator in English による辞書的な意味は、

derogatory The level of the least discriminating audience or consumer group: ‘they were accused of pandering to the lowest common denominator of public taste.’

軽蔑的に、最も低俗な視聴者や消費者集団の事を指すフレーズです。「彼等は、最も低俗な嗜好を持つ集団に迎合していると非難された。」

例文のように、メディア批判の際に良く使われる表現なのですが、誰にも分かりやすく、のようなニュアンスも持っています。メディアを情報発信やニュースソースと捉えるか、単なる娯楽の場として捉えるかで、メディアの役割も変わってきます。視聴率や購読者数の観点から言えば、メディアはどうしても大衆娯楽としての位置づけを強いられ勝ちなのですが、テレビ業界に限って言えば、視聴率云々以上に、芸能プロダクションのごり押しや制作費の関係から、つまらない低俗な番組を作り続けてきた結果が、現在の深刻なテレビ離れを引き起こしたという声もありますが、テレビ離れとは言っても、質の良いコンテンツは未だに25%以上の高視聴率を叩き出しているので、ただ単に見るに値しないつまらない番組が垂れ流されているので、テレビ離れのように見えるだけというのが正解なのかもしれません。視聴者のテレビ離れではなく、テレビ業界の視聴者離れ(視聴者無視)と言うべきでしょう。公共の電波の私物化があまりにも酷すぎるのです。何とも嘆かわしい事です。

The lowest common denominator 例文

Editorial: Give children (and everyone else) sidewalks

Sidewalks are the “lowest common denominator” for safer, more sustainable communities, one supporter said.  Three-year-olds should not be forced to walk in the street, another said.

歩道はより安全でより持続可能な地域社会のための最低限の共通要素です、と一人の支持者が語った。三歳児が車道を歩くよう強制されるべきではない、と他の支持者が述べた。

この場合の the lowest common denominator は、最低共通項、のような意味で使われています。つまり、安全で持続可能な社会なら歩道があるのが当たり前で、歩道はそういった社会にとって最小共通項であると。車道を歩く恐怖というのは確かにあります(歩道に車が突っ込んで来る時もありますが)。人に優しい住みやすい街作りを考えた場合、歩道や自転車専用道が無いというのは論外なような気もします。

Survival of the dumbest

Think of this as an exercise in finding the lowest common denominator of intelligence, the thing that could bind all men in a given situation and yet not be seen as anything too remarkably intelligent. That’s the problem with having a brain — it gives rise to expectations in others. By keeping our brain adequately pickled, we not only stand a chance to lose some precious grey matter, but we can even save other men in similar situations by allowing for precedents.

この事を知性の最低共通項、与えられた状況下で全ての男がしそうで、なおかつ、とても賢くは見えない行為、を探し出す練習だと考えてみよう。賢いのも困りもので、 他人に変に期待させてしまうからです。我々の脳を十分に塩漬けし続ける事で、幾らかの貴重な灰白質を失う機会を得るだけでなく、前例を許す事で、同じ状況下にいる他の男達を救う事さえ出来るのです。

「他人に賢く見られないようにするには、その状況下で全ての男達がしそうな、とても知的には見えない行為を探しだす必要があります。賢い人間が周囲から賢く見られないようにするのは大変なのです。頭が良く思われると他人から無駄に期待されてしまうから困りものです。誰もがしそうな知的に思われない行為を常に探し続ければ、知的レベルが低下するだけでなく、そういう行為は馬鹿な男がしそうな行為という先例を作る事で、同じ状況下にいる他の男達を救うことができるのです。」

この例文も前の例文同様、最低共通項、のような使われ方をしています。記事中の知性の最低共通項とは、どんな男でもしそうな知的に見えない行為という意味で、例えば、トイレを汚すとか(どんな知的な人でも汚してしまうから不思議です)、そういった身近な行為の事を指しています。

確かに周囲から賢く見られると、周囲の期待に応えるプレッシャーは相当なものがあります。賢いが故に色々面倒な事を頼まれたりもします。逆に周囲から賢く思われていなければ、期待もされないのでプレッシャーも全くかかりませんし、何かを頼まれたりすることもないので、人生が非常に楽になります。