Happiness comes from within 健康である事が一番の幸福です

名言、Happiness comes from within. (幸福は気持ち次第)幸福の尺度は十人十色で、人にとって何が幸せなのかは誰にも分かりません。俗世的な人間は、金、地位、名誉(名声)を得る事に幸福を感じるだろうし、高度に啓蒙されている人々は、人類の幸福のために尽くすことに幸福を感じるかもしれません。多くの人間の幸福の尺度は、自分の身近な人間より社会的に成功している事にあると言っても決して過言ではありません。例えば、隣人、親族、友人等から年末年始はセーシェルで長期バカンスと聞いたら、私のような飛行機恐怖症や海外旅行を毛嫌いしている人間を除けば、多くの人が羨ましいと思うかもしれません。庶民にとって年末年始を家族で海外で過ごす行為は、その他の一般庶民に対して自分の社会的ステータスの違いを見せつける絶好の機会とも言えます。しかし、年末年始は実家で親族同士の交流を持つことに幸せを感じる人達もいるはずですし、一人で家に引き篭もっている方が幸せという人もいるかもしれません。幸福の感じ方は人それぞれなので、何を持って幸せとは絶対に言えないのです。

Happiness comes from within

確かに世の中金が全てです。金が無ければ生きていけないので当然です。幸福を感じるための必要最低条件が、日々生活していけるだけの所得があることです。勤労から得る収入で暮らせることに幸せを感じる人もいるでしょうし、国からの施しで生きていけることに幸せを感じる人もいます。働かざる者食うべからずの原則が希薄なこの国では、ワーキングプアよりも、生活保護受給者の方が遥かに優遇されています。働きたくても働けない人達を保護するのは国の当然の責務ですが、働けるのに働かない人間を保護する義務や義理は誰にもありません。日本は低賃金労働に対するインセンティブがゼロな異常な国とも言えます。それでいて、低賃金で重労働な職種で深刻な人手不足がー、と騒いでいるのですから開いた口が塞がりません。その答えを、働かざる者食うべからずの徹底、ワーキングプアへの優遇政策などに求めるのではなく、そうだ移民を受け入れよう!なのですから頓珍漢としか言いようがありません。生活保護世帯への厚遇、ワープア世帯への冷遇、これが逆転しない限り、この国に明るい未来は絶対に訪れません。一人世帯で年収250万円未満、二人以上世帯で年収400万円未満世帯が、働くのは馬鹿らしいから生活保護を受けようとなれば、この国は確実に終了します。低所得者層への税制優遇等を真剣に考えないと、近い将来確実にそういう世の中がやってきます。親の年金で生活している将来の生活保護予備軍が相当数いるとも言われていますし、今のこの異常な社会の矛盾を何とかしないと、多くの貧困に喘ぐ低所得者層にとって、幸福を感じるどころの話ではないのです。

Money can’t buy happiness

お金で幸せは買えないという非常に陳腐な言い回しがある一方で、”When poverty comes in at the door, love flies out at the window.”(金の切れ目が縁の切れ目)という名言がそれを如実に証明しています。つまり、愛は金で買うものという意味にもとれてしまいます。他人の愛を勝ち取ることが幸福の全てではありませんが、愛が無ければ人は存在すらできません。お金が無ければ人は生きていけないので、”Money can’t buy happiness”には違和感があります。この言葉の根源には、労働して賃金を得るのは当たり前という隠れたメッセージがあるんだと思います。人は生きていくために働くのは当然で(=働かざる者食うべからず)、日々の勤労から得られる賃金以上の分不相応な贅沢は慎むべき、という意味合いが強いように感じられます。”Some of us have it and some of us don’t”(持つ者と持たざる者)お金にしても運にしても能力にしても、世の中にはそういった物を生まれつき全て持ち合わせている人間がいる一方で、何も持たずに生まれてくる人間もいるということです。何も持たない人間は内から幸福を感じる以外には、幸福を感じることは永久にできないのかもしれません。酷い生活をしている人間が、旨いものをたらふく食べることが出来れば、その人にとってそれは最高の幸せのはずです。

Happiness Comes From Your Own Actions

この言葉は、14th Dalai Lama (ダライ・ラマ14世)が言った、”Happiness is not something ready made. It comes from your own actions.”を簡潔化したフレーズですが、幸せはあなた自身の行いによってもたらされます。という意味で、”Everything comes to those who wait.”(果報は寝て待て)と似た名言だとも言えます。最善を尽くした後は運を天に任せるのみみたいな感じの意味合いで、どちらも仏教的な意味合いが強いので当然と言えば当然なのかもしれません。善行は必ず報われると信じて、常に良い行いを心掛けて入れば、確かに幸せが向こうからやって来る可能性は非常に高くなるような気もします。ところが、今の日本は低賃金使い捨て非正規労働者として、真面目に額に汗して会社のために黙々と働いたからと言って、何の果報も返っては来ません。それどころか、無理して働いて体を壊して解雇されるのがおちです。非正規労働者は一生懸命働ければ正社員になれるというような甘い期待は一切捨てて、適当に手抜きで無理をしないで働くのが一番です。一生懸命働こうが、健康・安全第一でマイペースで働こうが、解雇される時は解雇されます。労働者を使い捨てにするような企業の為に身を粉にして働くとか、あまりにも馬鹿げ過ぎていると思いませんか?使い捨て低賃金非正規労働者は働きが悪くて当たり前という意識を企業に持たせるべきなのです。正社員は手厚く保護する一方で、非正規社員は使い捨てのゴミ扱いするような企業のために疲労を感じるまで無理して働く必要など全くありません。常に自分の心と体の健康と安全を再優先して、自分の身は自分で守っていきましょう。あくまでも健康と安全が第一です。