心理:何故人間同士は醜い争いを繰り返すのか?

それにしても不快なニュースばかりで憂鬱な気分になり勝ちですが、今回も4連泊旅行の最終日の朝、温泉でのんびりした後にテレビを見ていたらフランスのテロのニュースがあり、またかよという気持ちと、観光気分を楽しんでいた犠牲者の事を思うと胸が痛みました。自分もちょうど家族旅行中だったので、余計にそう感じたのかもしれません。

何故人間同士仲良くできないのか?これは人類永遠のテーマであり、永久に達成不可能な問題でもあります。子どもでさえ学校で醜い争いを繰り返しているし、闘争心は本能なのでどうしょうもないのかもしれません。

とは言っても、世の中には闘争心の欠片もない人達が相当数いるわけで、むしろ好戦的な人間の方が少ないとも言えます。結局世の中声のでかい人間が強いので、そういう人間が権力を握り、己の本能の赴くままにやりたい放題やるので、人類がとことん不幸になっているような気がします。声がでかい人間が必ずしも喧嘩が強いとは限りません。逆に弱い犬ほどよく吠えるで、そういう声がでかいだけの人間をのさばらせておく我々の方にも問題があります。

優しい人間は常に搾取され続ける

優しい人間だけならこの世は天国です。この世が天国ではない事が優しい人間ではない人間が混じっている事を如実に証明しています。

旅行中に感じたのは、人間には感じのいい人間と悪い人間しかいないんだなぁという事で、感じの悪い人間の存在が世の中を確実に住み難くしているのですが、感じの悪い人間は何故感じが悪いのか?という問題が生じます。

例えば、サービス業に従事する人間の中には、客を客と思わない従業員や店主を多々見受けますが、優しい人間は理不尽な態度を取られても、黙ってそれを甘受してしまうので、増々その従業員や店主を増長させてしまいます。逆に、「それが客に対する態度か」と店主や従業員を怒鳴りつけて叱る客もいますが、客全員が叱りつければそういうふざけた態度を取る人間は存在しなくなります。

優しい人間(大人しい人間)が常に搾取され続けるのは、いじめの構造と全く一緒で、搾取する側をつけあがらせているからです。子どもであろうと大人であろうと、世の中を舐め切ったふざけた態度を取る人間は、周囲の人間みなで叱りつけるべきなのですが、それができない所に、人間の限界を感じざるを得ません。

悪いことはとにかく悪い

悪いことは悪いのは当然なのですが、悪い事を悪いと言える人間は非常に少ないです。それが世の中を悪くしている原因でもあります。善悪の区別のつかない人間がいるのも確かで、それはやはり学校教育と家庭教育の責任(失敗)、あるいは、教師と親の責任でもあります。悪いことは悪いと言える人間を育てることが、学校教育の一番の目的にすべきで、勉強だけできても、平気で悪い事をできる人間を育ててしまったら何の意味もないからです。

犯罪ギリギリの悪いことも世の中多々存在します。いわゆるグレーゾーン行為というやつで、法の抜け穴、あるいは、法の不備とも言え、法律違反でなければ、例えその行為が悪だとしても、許されるような風潮があります。しかし、法律に関係なく悪いことは悪いことに変わりはなく、それは警察がいなければ平気で道路交通法を無視するのと何ら変わりありません。

悪いことをしている子どもは大人が叱る責任があるし、例えば、子どもの貧困は国の責任で、子どもは国民の血税で保護されるべきという考えが成り立つならば、悪い事をしている子どもを叱ることも、納税者である大人の責務であるとも言えるのです。悪い芽は小さいうちに摘み取ることが大切で、子どもに悪さをさせない事が治安を良くし、平和な社会を構築するための唯一の方法でもあります。

争いの種はまかない

昔から、”You reap what you sow.” “As you sow, so shall you reap.” (まかぬ種は生えぬ)というように、争いの種をまかなければ争いは起きません。当たり前です。争いの種はほとんどのケースが、greed(貪欲)、pride(自尊心)、envy(嫉妬)、wrath(怒り)に起因しています。どれも7つの大罪の1つでもあります。

もちろん、性格の良い心優しい人間は争いの種などは決してまきません。争いの種をまく人間は大抵、自己中で性悪な人間達です。このような人間が世の中を悪くしていて、法律などは何の効力も持ちません。法律はあくまでも法律を守る人間のためだけに存在していて、善悪の区別の付かない人間達の前では無力です。例え善悪の区別が付いたとしても、平気で法を犯す人間達の前でも無力です。

子どもを争いの種をまかない、心優しい人間に育てることは、国と親の責任でもあります。小学生の頃からボランティア精神を培うために、近所の老人ホームや障害者施設等でボランティア行為をさせたり、地域の清掃、近隣住民へのきちんとした挨拶、そういう事が自然とできる子どもに育て上げる必要があるのです。

何故人間同士は醜い争いを繰り返すのか?答えは簡単で、子どもの教育が悪いからです。それは国のせいでもあり、親のせいでもあります。親は無責任な親が多いので、国の責任が非常に重要になってきます。国家ぐるみで子どもを洗脳教育している極悪国家もありますが、まぁ、それは置いておくとして、とにかく義務教育が重要だという事です。