生誕100周年、ケネディ元アメリカ大統領の心に染み入る名言

今日(5月29日)は、JFK(ジョン・F・ケネディ)元大統領の生誕100周年だという事で、それ関連のニュースがネット上を賑わせています。1917年5月29日に、マサチューセッツ州ブルックラインで生を受け、1963年11月22日に、テキサス州ダラスで没するまでの、享年46歳という非常に短い生涯ではありましたが、氏の与えた影響は絶大で、多くのアメリカ人、もっと正確に言えば、民主党寄りリベラル達からは、史上最高の大統領という高い評価を受けています。

快適さにかまけて何もしないリスク

“There are risks and costs to action. But they are far less than the long-range risks of comfortable inaction.” (行動を起こすことにはリスクと犠牲を伴います。しかし、それらのリスクと犠牲は、現状に満足して何もしない長期的リスクに比べればはるかに軽微です。)

この言葉は今の日本と日本人にぴったり当てはまるかと思いますす。日本は、1997年のアジア通貨危機とその後の山一・拓銀ショックの折、大改革が必要だと言われていましたが、結局は多大な犠牲を伴うハードランディングを嫌って、安易な大規模財政出動に終始しました。この時に大改革を断行しなかったツケが、現在の絶望的な超少子化をもたらしています。

無職、ニート、ひきこもりに対しても同じことが言え、親の庇護のもとで、ぬくぬくした快適な現状に甘んじて、何も行動を起こさなければ、親がいなくなった後で大変なリスクが待ち受けています。とは言っても、彼らの多くは、親がいなくなったら、遺産を食い潰たら家を売り払って豪遊しまくって、金が無くなったら、さらに借金を限界まで繰り返して豪遊し、最後は自己破産して生活保護を受けるだけと言っているので、もしかするとリスクは皆無なのかもしれません。今の日本の社会の仕組みが、真面目に生きる人間を限界まで虐げる一方で、制度を悪用する人間には非常に優しい社会を作り出してしまっていると言われています。

何れにしても、低収入の庶民に対しては、多くの痛みを伴う改革はできても(例えば、消費税大増税や、常軌を逸した異常な金融緩和による円安超物価高)、公務員改革(公務員の人件費の大幅削減)や、所得税の累進課税強化(高所得世帯に対する大増税)なんかは、それがあたかも聖域でもあるかの如く、後は野となれ山となれと言わんばかりの無改革状態が続いています。