超感動秘話:日本が誇る偉大な太陽観測家小山ひさ子と星になったチロ

日本には、小山ひさ子氏という、世界に誇る偉大な黒点観測家がいたみたいで、今の今まで、名前すら聞いたことがなかっただけに、かなり驚かされています。この人のことググってみると、白河天文観測所の天文台長だったチロという犬のwikiページが検索に引っかかり、自分が過去に飼っていた犬の名前と同じだったので、さらに驚かされました。このチロの話はかなり感動させられました。

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小山ひさ子という太陽観測家

Few people have heard of Hisako Koyama, but the dedicated female solar observer, born in Tokyo in 1916, created one of the most important sunspot records of the past 400 years, according to new research.

小山ひさ子氏のことを知る人間はほとんどいませんが、1916年に東京で生まれた、この献身的な女性太陽観測家は、新しい研究によると、過去400年間の中で、最も重要な黒点記録の1つを作成したとのことです。

A new study recounting Koyama’s life finds she created detailed sunspot drawings for more than 40 years. Solar scientists recently used Koyama’s archive of more than 10,000 drawings to establish a continuous record of sunspot numbers stretching back to 1610. This sunspot reconstruction can help scientists better understand the solar cycle and how solar activity influences events on Earth.

小山氏の生涯を詳述する新しい研究が、彼女が、40年以上の間、詳細な太陽黒点を描写していたことを明らかにしています。最近になって、太陽研究者達は、1610年まで遡って、太陽黒点数の連続的記録を確立するために、小山氏の1万点以上に及ぶスケッチの記録を利用しました。この太陽黒点の復元は、科学者が、太陽活動周期と、太陽活動が、地球上で発生するイベントに、どのように影響を与えているのかを詳しく理解するのに役立っています。

Koyama’s story exemplifies the unheralded role women have played in science in the modern era, according to the study’s authors. Koyama was well-known in amateur astronomy circles for decades but her contributions were not widely recognized by professional space scientists until several years ago.

小山氏の物語は、近代科学における、女性達の予想外の役割の範例であると、本研究の著者達が述べています。小山氏は、アマチュア天文学者の間では有名でしたが、彼女の貢献は、職業的宇宙科学者たちによって、数年前までは、広く知られていはいませんでした。

Koyama’s observations place her among the top solar observers of the past four centuries, alongside names like Galileo, and make her one of the few women to have created a major solar observational record, according to the new study.

小山女史の観測は、彼女を、ガリレオのような著名人と並ぶ、過去4世紀のトップ太陽観測者達に仲間入りさせ、彼女を、主要な太陽観測記録を作成している、数少ない女性の1人にしています。

彼女は、ガリレオと並び称されるほどの、偉大な太陽観測家だったにもかかわらず、その名前が我が国においても、ほとんど知られていないことは残念で仕方ありません。関口宏の知ってるつもり?!でも扱われていないみたいなので、今度、星になったチロの話と一緒に、どっかのテレビ局に取り上げてもらいたいものです。

小山ひさ子女史の生い立ち

Koyama was born in 1916 and graduated from a girls’ high school in Tokyo in the 1930s, a rare feat for a woman in Japan during this time. Enthusiastic about astronomy from a young age, Koyama began observing the stars in her twenties. She began observing sunspots in the spring of 1944, using a refracting telescope that was a gift from her father.

小山氏は、1916年に生まれ、1930年代に東京にある女子高校を卒業していて、これは、当時の日本の女性ととっては非常に珍しい事でした。幼少期から天文学に夢中だった小山氏は、20代で星の観測を始めています。彼女は、1944年の春、彼女の父親から贈られた屈折型望遠鏡を使って、太陽の黒点の観察を開始しました。

この頃に高等学校へ行けるのは、はいからさんが通るなんかを見ると、貴族とかの上流階級だけのような気がするので、彼女の家は金持ちだった可能性が高いです。1944年の大戦末期に、天体望遠鏡をプレゼントされるとか、どんな家庭なんだよとも言いたくなりますが、この頃は、多くの日本人が食べるのにも苦労していたので、彼女の家庭は、相当恵まれていたんだろうと思われます。

偉大な太陽観測家への道

Koyama made her first sunspot sketch in 1944 and sent it to scientists at Japan’s Oriental Astronomical Association. After an encouraging reply from the president of the OAA’s solar section, Issei Yamamoto, Koyama began observing sunspots regularly under Yamamoto’s guidance. By 1946 she was making regular solar observations at Tokyo’s National Museum of Nature and Science, known then as the Tokyo Science Museum. Koyama drew the solar features she observed, noting important features she saw and the conditions she was observing in.

小山氏は、1944年に最初の黒点スケッチをし、それを日本の東亜天文学会の科学者に送りました。OAA太陽部門長の山本一斉氏からの励みになる返事の後で、小山氏は、山本氏の指導の下、太陽黒点の定期的な観察を開始し、1946年までに、旧東京科学博物館、現国立科学博物館で、定期的な太陽観測をするようになりました。小山氏は、彼女が観察した太陽の特徴を描き、目撃した重要な特徴や観察した状態を書き留めました。

Later that year, Koyama became a staff observer at the museum. She sketched the largest sunspot of the 20th century in 1947 and witnessed a white-light solar flare while sketching sunspots in 1960.

その年の後半、小山氏は、観測者として博物館の職員になっています。彼女は、1947年、20世紀最大の太陽黒点をスケッチし、1960年、黒点スケッチ中に、白色光太陽フレアをを目撃しました。

Koyama worked for the museum until she retired in 1981, at the age of 65. She used the same telescope to make drawings for her entire tenure at the museum and continued to use it as a museum fellow even after she retired. She chronicled more than 8,000 sunspot groups in her 1985 data book and made more than 10,000 solar sketches over her lifetime, until her death in 1997.

小山氏は、1981年に65歳で退職するまで博物館に勤務しました。彼女は、美術館在職中、同じ天体望遠鏡を使って絵を描き、退職後も、博物館会員として、それを使い続けました。彼女は、1985年に刊行したデータブックに、8000以上に及ぶ黒点群を年代順に記録し、1997年の逝去までの彼女の生涯にわたって、10000以上の太陽のスケッチを成し遂げています。

まさに凄いの一言です。大戦末期の1944年に、27歳か28歳で、アマチュア天文家として、太陽黒点の観測を始め、戦後の大混乱にも負けず、ひたすら黒点観察を寿命が尽きるまで続けた、その根気には恐れ入ります。彼女のグリットスケールは、きっと最高値でしょう。

星になったチロ

チロ (犬)のウィキサイトを読むと、小山ひさ子氏とチロの飼い主の藤井旭氏を含む、5名の有志達が資金を出し合って、1969年に白河天体観測所を建設するのですが、この時の話を呼んで、日本が何でここまで経済発展できたのかが分かるような気がしました。こういう人達が、日本をここまでの経済大国に押し上げたんだろうなぁと、容易に想像がつきます。戦前生まれの日本人の凄さを、まざまざと見せ付けられます。戦後生まれの団塊世代は、戦前世代が築いた財産を食い潰した世代と揶揄されていますが、それだけではなく、90年代に氷河期世代を作り出して、日本を破壊した張本人世代だと糾弾されてもいます。話は逸れましたが、チロの話は一読の価値は十分にあります。

参照サイトNew study highlights ‘hidden figure’ of sun-watchers

参照サイトチロ (犬)

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