道路沿いに家を建てる人間は衆人環視の下にいるのも同然だ

He that builds by the wayside has many masters.

直訳すれば、沿道に何かを建てる人間は、多くの教師を持つであるが、この格言の趣旨は、目立つところに家やビルなどを建てたり、何か目立つことをしたり、人目を引きやすい物事は、周囲からいらぬ関心を集めることによって、人々からあれやこれやと余計なお世話を焼かれるものだということを言っています。この名言にはさまざまなバリエーションがあって、教師の部分が、批評家、鑑定士、監視者、忠告者に変わっています。

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He who builds by the roadside has many masters.

He who builds by the wayside has many masters,

He who builds along the road has many masters.

He that builds by the wayside has many advisers.

Whoever builds along the road has many masters.

He who builds by the wayside will have many critics.

The man who builds by the wayside has many judges,

He who builds by the road has many surveyors.

He who builds by the wayside will have many critics.

He who builds on the roadside has many critics.

交通や人の行き来が激しい街道沿いに建っている家があって、そこから薔薇等の危険な植物の枝が歩道にはみ出していれば、通行人から苦情を入れられる可能性もありますし、常に通行人の目を気にする必要があります。さらに、排気ガスと騒音を撒き散らす車は煩いし、大型車が通る度に地震の如く家が揺れるし、排気ガス、特に軽油車の排ガスや道路が削られて発生する粉塵は身体に非常に悪いし、出会い頭の交通事故の危険も常に付きまとうし、治安的にもかなりの問題があります。主要幹線沿いに住むということは、交通の便が良い以外には何のメリットもないと言えるます。高層マンション住まいなら、道路沿いに住んでも、周囲を気にせずに済むのですが、今回の台風19号による武蔵小杉のタワーマンションの被害を見てしまうと、高層マンションも一長一短があるようです。

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宗教革命で有名なドイツのMartin Luther(マルチン・ルター)牧師が、このドイツの格言を使っているので引用しておきます。

I know quite well how much skill, hard work, sense and brains are needed for a good translation. They know it even less than the miller’s donkey, for they have never tried it. It is said, “He who builds along the road has many masters.” That is how it is with me also. Those who have never been able to speak properly (to say nothing of translating) have all at once become my masters and I must be their pupil. If I were to have asked them how to turn into German the first two words of Matthew, Liber Generationis, not one of them would have been able to say Quack! And now they judge my whole work!

Martin Luther and the “Papal Asses”

私は、どのくらいのスキル、労力、判断力、知力が、良質の翻訳のために必要とされるのかをよく理解しています。彼らは、そのことを、粉屋のロバよりも知りません。何故なら、彼らは、一度も翻訳などしたことがないからです。”人目を引くことをするとうるさいのが寄ってくる”と言われているが、それがまさに今の私のことでもある。(翻訳は言うまでもなく)まともに話すことさえままならない連中が、いっせいに私の先生になり、私は彼らの生徒であることを求められる。もし、私が、彼らに、マタイによる福音書の最初の二文字、Liber Generationisをドイツ語に訳すよう尋ねたとしても、1人としてクワーと言うことさえできなかったことだろう。今や、そんな彼らが、私の全翻訳を審査している!

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この手紙の中で、ラテン語の聖書をドイツ語に訳したことで、周囲の目を引いたルター牧師が、自称ラテン語とドイツ語の専門家かつ翻訳のプロ達から、自身の翻訳に対してあれこれ難癖をつけられたことに対する怒りをぶちまけています。

Liber Generationisはラテン語で、The genealogy of Jesus Christ(イエス・キリストの系図)を意味します。

say Quackのくだりは、難しすぎて何の(クワという)言葉も出ないということを言っていて、アヒルの鳴き声がクワックワッなのか、グワッグワッなのか、ガーガーなのかは分かりませんが、少なくとも、あのねのねの歌の中では、カエルもアヒルもガーガーガーと言っていますね。ぐうの音も出ないぐらいに思えば良いかもしれません。

確かに英文和訳は難しいですし、プロでも誤訳をするのに、ド素人がしないわけがありません。しかしながら、ずぶのド素人が、プロの翻訳者にドヤ顔で教師面するのもどうかとは思います。人の翻訳を批評するなら、それなりの資格と技術が必要だろうということを、1530年に書かれたルター牧師の“Open Letter on Translation” (Sendbrief vom Dolmetschen)が声高に訴えてくれています。スポーツ観戦でも、例えば、ワールドカップの試合を見ている時に、サッカー経験ゼロの無職のド素人が、年収億単位のプロ選手に対して、あーだこーだ言っているのは、傍で見ていて非常に滑稽だし、かなり見苦しいものがあります。1つ言えることは、自分が絶対正しいとは思わないことです。

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