古代日本は考えられていた以上に国際的な国だった!

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奈良時代の日本は渡来人も多く、国際的だったと教わった記憶があります。例えば、奈良の大仏を作ったのは実質渡来人と言われているし、少なくとも日本が対外的に閉鎖的だったという事はなかったのではないでしょうか。日本が閉鎖的になったのは秀吉の天下統一以降ではないかと思います。日本もかつては閉鎖的と言われていましたが、安倍政権以降、諸外国に対して門戸を開き、在留外国人数がうなぎ登りに増えています。国際的人材育成のために小学校で英語の授業も始まりました。近所のスーパーに行っても多様な言語が話されているので、日本も国際的になったと実感させられます。

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古代日本は国際性豊か

Ancient Japan may have been far more cosmopolitan than previously thought, archaeologists said Wednesday, pointing to fresh evidence of a Persian official working in the former capital Nara more than 1,000 years ago.

「古代日本は以前に考えられていたよりもはるかに国際色豊かだった可能性があると、考古学者が、1000年以上前の古都奈良で、ペルシャ人の役人が働いていたことの新たな証拠を指摘して言っています。」

国際色豊かだった奈良の都でペルシャ人公務員が働いていたそうです。

Present-day Iran and Japan were known to have had direct trade links since at least the 7th century, but new testing on a piece of wood—first discovered in the 1960s—suggest broader ties, the researchers said.

「現代のイランと日本は、少なくとも7世紀以来直接貿易関係を持っていたことが知られていますが、1960年代に初めて発見された木片に対する新たなテストが、もっと広範な関係を示唆していると研究者達は言っています。」

木片というか、木片みたいなもんですが、木簡というんだそうです。

The official worked at an academy where government officials were trained, said Akihiro Watanabe, a researcher at the Nara National Research Institute for Cultural Properties.

「その役人は政府高官を養成していた学士院で働いていたと、奈良文化財研究所の渡辺晃宏研究員は言います。」

そのアカデミーは大学寮だったようです。ペルシャ人は役人を養成する大学寮で宿直の仕事をしていたらしいのですが、何かしらの学問知識を持っていたことは確かなようで、それが公務員に任命された理由だったのかもしれません。

The official may have been teaching mathematics, Watanabe added, pointing to ancient Iran’s expertise in the subject.

「その役人は数学を教えていたかもしれないと、その科目が古代イランの専門知識なことを挙げて、渡辺氏は付け加えています。」

奈良時代のペルシャ人数学教師とか、ロマンがありますね。

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ペルシャ人公務員

“Although earlier studies have suggested there were exchanges with Persia as early as the 7th century, this is the first time a person as far away as Persia was known to have worked in Japan (during the period),” he said.

「初期の研究が、早ければ7世紀でペルシャとやりとりがあったことを示唆していますが、遠くペルシャの人が(その時代に)日本で働いていたのが分かったことはこれが初めてです。」

日本は古くから外国人を優遇していたらしいです。例えば、戦国時代でさえも、信長が弥助を家臣に召し抱えたのはあまりにも有名だし、その他にも例は探せば枚挙に暇がないと思われます。何れにしても、日本は伝統的に外国人に大して寛容な国であったことは確かです。

“And this suggests Nara was a cosmopolitan city where foreigners were treated equally.”

Nara was the capital of Japan from around 710 AD to around 784 AD before it was moved to Kyoto and later present-day Tokyo.

「”また、この事が、古都奈良では外国人が平等に扱われていた国際的な都市であったことを示唆しています。”、奈良は、それが京都、その後、今の東京へ移される前は、紀元後約710年~784年前後まで日本の首都でした。」

何と美しい平城京と鶯泣くよ平安京ですね。平安京エイリアンなんていうゲームがありましたが、藤原京から平城京への遷都は色々言われていますが、平城京から長岡京への遷都はあまり知られていません。長岡京と言うと、知る人ぞ知る、あの「この男の人わるい人」で有名な長岡京なんですが、人生とにかく色々あります。それがまた人の歴史が面白い理由にもなっています。

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古代ローマのコイン

The discovery comes after another team of researchers last month unearthed ancient Roman coins at the ruins of an old castle in Okinawa in southern Japan.

「その発見は、別のチームの研究者が、先月、古代ローマのコインを日本南部の沖縄にある古城の遺跡で発掘したのに続いています。」

古代ローマ時代のコインが日本と言うか、かつての琉球王国で発見されたのは意外というか、不思議なことですね。沖縄の勝連城跡で発見されたらしいのですが、3~4世紀の古代ローマ帝国硬貨とみられる銅貨が4点出土したみたいです。

It was the first time coins from the once mighty empire have been discovered in Japan, thousands of kilometres from where they were likely minted.

「かつての巨大帝国由来のコインが、それらが鋳造されたと思われるところから何千キロメートルも離れた日本で発見されたのは今回が初めてでした。」

こういう大きな発見が立て続けに起こるということは何かを暗示しているのかもしれません。それは移民・難民受け入れを示唆しているのかもしれませんし、日本人がもっと国際性を持つべきだということを訴えているのかもしれません。何てことはないと思いますが、イランとイタリアで何か起こる可能性が、何てこともないと思いますが、何れにしても、この機会に改めて歴史を勉強するのもいいのではないでしょうか。

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