シャープ問題に見る日本の異常なまでの正社員優遇思想

日本企業の異質性は海外から大昔から指摘されてはいたが、その最たるものは、系列という言葉は別として、終身雇用制という日本独特の雇用制度ではなかったろうか。いわゆる三種の神器の一つでもあるこの終身雇用制こそが日本企業の成功の秘訣だったという意見が非常に多い。そしてそれは恐らく正しいだろう。但し、その終身雇用制という雇用を守る制度は、正社員が当たり前だった時代には許されても、今のような給与所得者の4割が非正規雇用という時代には許されるべきではない。シャープが破綻前に台湾企業のホンハイに買収されたニュースは記憶に新しいが、シャープ買収劇の茶番を見ていると、シャープという日本企業の特殊性が垣間見えてくる(シャープ、鴻海による買収で「多大な恩恵」か…「台湾企業の傘下」悲観論のまやかし)。閑話休題、シャープの最終赤字が2500億円に達する恐れがあるとか(最終赤字2500億円 債務超過の恐れも)。

シャープのこだわり

目の付け所がシャープじゃない、ホンハイとの買収交渉にあたり、シャープ経営陣は正社員の雇用を守る事に固執した(シャープ、雇用維持「誓約書」鴻海に要求 革新機構と天秤)。まず疑問なのは、シャープが破綻一歩手前の状態に陥ったそもそもの原因は雇用維持に固執し過ぎたせいではないのか?という事だ。亀山工場への過剰な投資が原因だったという声もあるが、会社の経営が悪化しているのに雇用維持にこだわるのは尋常ではない(崖っぷちのシャープは生き残れるのか? 不振の液晶事業、奏功しない構造改革)。亀山工場にしても日本人の雇用維持が真の狙いだったかもしれないし、何れにしても経営陣の国内雇用至上主義(国産至上主義)が招いた悲劇としか言いようがない。使い捨て非正規労働者は簡単に切れても、正規社員様の雇用は死守みたいな風潮が会社を破綻へと導いたと言っても決して過言ではないだろう。もちろん、シャープが全く人員削減をしなかったわけではないが、人員削減の規模があまりにも中途半端過ぎたのだ(シャープのリストラはうまくいくのか)。非正規の2~3倍以上かかる正規社員の人件費は、決して有能とは言えない正社員を使い捨て派遣(派遣は物品費扱い)に全取っ替えすれば、それだけで相当人件費を圧縮できる。2割の正社員が会社の8割の利益を生み出すと言われているが、現在のように高度にデジタル化された時代、正社員は全従業員の1割もいれば十分。残りの9割は使い捨て派遣社員で十二分に賄える。シャープがこれを出来ていれば、破綻寸前まで落ちぶれる事も無かったかもしれない。

正社員はいらない、雇用流動性確保

今さら正社員を増やせと言っても、言うだけ無駄なのは誰もが分かっている。正社員が増えてもブラック企業の正社員が増えているだけとの説さえある。2020年までには若年非正規雇用率は50%を遥かに超えているだろうという相当悲観的な予想もされている。その時までには給与所得者の半分以上が使い捨て非正規雇用者になっていると思われる。そういう時代に正社員だけを特別扱いする正社員優遇思想が許されるべきでない事は言うまでもない。こういう理由から、パソナグループの竹中平蔵会長の「正社員をなくしましょう」発言に賛同できる非正規雇用者が多いのも頷けるはずだ(「正社員なくせ」 竹中平蔵氏の暴言で本格化する“アベハラ”)。正社員も公務員も無能なのはいつでも解雇できるようにすればいいし、それによって雇用の流動性が確保できれば万々歳である。シャープももっと雇用の流動性を大切にし(無能正規社員の代わりに非正規を雇う)、海外生産にシフトしていれば、たぶんホンハイに買収される事もなかったのではないだろうか。以前、「もし国内従業員11万人の企業が、1万人の正規社員を残し、10万人を派遣社員に切り替えた場合、年間の人件費が8000億円~1兆円浮く。正社員として雇う価値のある人材なんて実際1割にも満たない。」という話を聞いた事があるが、正社員がいかに無駄で会社の足枷でしかないかをよく表している数字だ。実際ある企業では、半数以上の正社員が仕事もせずに会社に行くだけで、その正社員以上の業務をこなす派遣社員の3倍以上の収入を得ているという話すらある。日本経済の足を引っ張っりまくっている全く使い物にならない正社員と公務員を解雇すれば、この国は確実に良い方向へ向かうようになるという識者もいる。正社員を極限まで減らして、その分浮いた人件費で派遣(非正規)の給与を人並みの生活が出来る水準まで引き上げる。使い捨て非正規労働者を貧困に追い込む程の薄給でこき使いまくり、その搾取した賃金を、給料泥棒の無駄飯食いと言われても仕方のない正社員にバラ撒くという、今の給与体系は是正されなければならない。全ての労働者が人並みに暮らせる賃金を平等に得る、それがこれからの日本の政治家と企業経営者に求められている政治と企業経営の在り方と言える。とは言っても、有能で企業が本当に必要とする、派遣では賄えない人材は優遇されるべきだろう。

ブラック企業問題

ブラック企業問題が若者から働く気力を奪っている事も忘れてはならない。(ブラック企業で)働いたら負け、という現代の風潮は決して若者のせいではない。ブラック企業を放置し続ける行政の問題だ。この問題は深刻化する若年層の貧困化問題とリンクしている。若年層の貧困はまともな就職先がないことが大きな原因の一つだからだ。正社員の仕事はブラックばかり、というのが今の日本社会なのだ。昭和の高度成長期のように誰もが貧しい時代は、ほとんどの企業がブラック企業だっただろうから選り好みなんかしていられなかったが、今は時代が全く違う。ブラック企業がブラックなのはそこで働く社員達がブラック過ぎるのが原因で、ブラックな人間だけが生き残れる社風になってしまっている。生徒がやばいのが揃っている学校に好き好んで進学する学生はそういう学生だけなのと同じ理屈だ。ブラック企業がそういう人間達の受け皿になっているとしたら、それはそれで良い事なのかもしれないが、普通の人が普通に働ける普通の会社は居心地が良いので定着率が良く、なかなか新たな人員募集をしてくれない。逆にブラック企業は定着率が悪いので毎週のように求人広告を出している。何とも皮肉な話である。

国と企業の意識改革が急務

大昔のように皆が普通の会社で正社員になれるのが理想だが、正規雇用を増やすのがどうしても無理な場合、雇用流動性の確保のためにも、日本企業には正社員はいらない、という意識改革が必要になってくる。シャープの轍を踏まないためにも、体力がある間に正社員を限界まで減らす努力をしなくてはならない。国も出来得る限り公務員を減らし、人件費の安上がりな非正規雇用を登用すべきなのは言うまでもない。雇用の流動性さえ確保されれば、日本は来るべき、超少子化・超高齢化社会を何とか乗り切れるはず。2割の特権階級が8割の国民から不当な搾取を繰り返す事で、一億総貧困社会を作るのではなく、全国民が均等に貧しくなっていく社会(貧困という意味ではなく、生活のレベルを落としていくという意味)を構築すべきという意見を、最近頻繁に見かけるようになった。人間誰しも自分(と家族)だけ幸せなら他人がどうなろうが知った事ではないという、病的に自己中な側面を持っているが、それでも人間性までは喪失していない日本人がまだまだ多いはずだし、日本人に良心が少しでも残っている間に、若年層、特に女性と子供の間で深刻化している貧困問題を解決しなくてはならない。いつまでも自己責任の一点張りで、悲惨な現実を無視し続けることは許されない。若い女性と子供の貧困は、日本社会を蝕む癌細胞と考えた方がいい。ということで、最後はアンネ・フランクのこの言葉でお別れしましょう。

“In spite of everything I still believe that people are really good at heart. I simply can’t build up my hopes on a foundation consisting of confusion, misery and death.”

「色々な事があるけど、それでも私は人々が根は本当は良い人だって信じてる。不幸なことばかり考えていたら絶対に希望は持てないし。」

アンネ・フランクのようにナチスの迫害にあって、毎日怯えながら不自由な隠遁生活をしていたにもかかわらず、こういった思考が出来るということは、ある意味幸せだと思う。どんな極限状態にあっても人は絶対に希望を失ってはならないし、失わせてはならない。日本社会が良い方向へ変わるという希望を持ちたいものです。