voluble, explain away as, emancipateの意味・用法

ニュース記事”Ruminations: No time to waste“を読んでいたら次のような一節があった。”For a slowly emancipating society like India, buffeted by highly voluble and influential sections of the supremely conservative and the very modern, there is ever the prospect of a clash between state power and existing beliefs explained away as tradition.”この文中で、voluble, explained away, emancipatingの意味がイマイチ曖昧だったので辞書で調べてみた。
voluble = 口達者の、多弁な、流暢な、饒舌な
emancipate = (制約・束縛などから)〜を(解放する、自由にする)
explain away as 〜 = 〜と(片付ける、釈明する、誤魔化す)
以上の訳を踏まえて上述の英文を意訳すると以下のようになる。
「インドのような自由化の速度が遅い社会にとって、声高で大きな影響力を持つ超保守派と急進派による軋轢は、国家権力と伝統という名の既存の信念の衝突の可能性を常にはらんでいる。」
この記事で言っていることは、女性の権利(急進派)と宗教の自由(超保守派)は相容れないもので、国家権力が口を挟むものではないという考えがある一方で、あらゆる差別は排除されなければならないという考えがあった場合、最高裁が女性の権利を優先することは、他方では宗教の自由(伝統)が迫害されることを意味し、そのことで、国家権力と超保守派の間で衝突が起きかねないと言っている。この記事ではカースト制度も糾弾していて、高度に啓蒙された現代社会ではそのような差別主義的で時代遅れの伝統は存在を許されないと言っている。

記事内では、女性(急進派)の宗教の自由と、超保守派の宗教の自由を、一方を自由に宗教を実践する(寺院に入る)権利、他方を宗教をどう実践するかの考え方として捉えているのが面白い。キリスト教でも、超保守宗派は女性牧師は認めないが、女性牧師が認められている宗派もある。女性が牧師になれないのは女性差別・女性蔑視と裁判所に訴えた場合どうだろうか?どっちの宗教の自由が尊重されるかは裁判官の政治信条によって変わってくるだろう。リベラルなら女性の権利を尊重し、保守派なら教会の伝統を重んじるだろう。この記事では、民主主義(自由社会)と相容れない伝統は司法が破壊すべきだと主張している。確かに理不尽な伝統は破壊されるべきだが、理不尽ではない伝統を守る自由も尊重されるべきではないだろうか。つまり、宗教の自由に司法は介入すべきではないということだ。

スポンサーリンク