footbridge dilemma(歩道橋のジレンマ)はジレンマでも何でもない

footbridge dilemma(歩道橋のジレンマ)とは、暴走トロッコが踏切を渡る多くの人々を轢き殺そうとしている時に、自分と一緒に歩道橋に立ってその状況を見ているデブを歩道橋から突き落として、踏切を渡っている人々に注意を換気するというシナリオで、多くを救うためにデブを犠牲にしていいのかというジレンマのことを言う。しかし、人を歩道橋から突き落として暴走トロッコと衝突させるという行為はあまりにも非人間的だし、そもそも殺人行為だ。犯罪以外の何ものでもない。人として有り得ない行為だろう。

そもそも、多くの人々を救うためなら人間1人ぐらいの生命を犠牲にしても良いという考えは非常に危険だ。例えば、珍しい血液型を持つ子供1人の生命を犠牲にすれば、臓器・骨髄移植・輸血等によって多くの子供の生命が救われるとしたら、何の罪もないその子供の生命を犠牲にしてもいいのか?というジレンマに陥る。そんなことは絶対に許されないのは馬鹿でも分かる。そんなもんはジレンマでもない非人間的な考えでしかない。

トロッコのジレンマのように、死ぬべき運命にある者を、死ぬべき運命に無い人間を犠牲にして助けるなんていうのは間違っている。その助けた人間がクズ中のクズのボッチで、犠牲にした1人が妻と子供4人を持つ品行方正な人間だったらどうなるだろうか?夫を失ったことで母子無理心中事件でも起きれば、自分の愚かな行為によって、結果として、5人のクズを救うために6人家族の幸せな家庭を破壊したことになる。人間の行動には常にunintended consequence (予期せぬ結果)が付き物だということを肝に命じておくべきだろう。

先進国・新興国の少子化は、本来死ぬべき人間が、医療の進歩で生き永らえることで、高齢化が急ピッチで進み、高齢者の年金・医療費負担増、高齢者の再雇用等で就職の機会を奪われた若年層が貧困化したことが原因だ、さらに、その若年層は、老後、年金すらもらえなくなり、最悪の場合、医療保険制度も破綻した悲惨な未来が待っている。つまり、死ぬべき人間が死ななかった事で、本来生まれてくるべき人間が生まれてこれなかったということになる。何とも皮肉な話である。もっと正確に言えば、政府が既得権益の死守に走り、若年層を切り捨てたのが少子化の原因なのだ。

参考サイトTeetering On The Footbridge

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