ケネディ没後55年:マッカーサーのケネディへの忠告を考察する

忘れもしない1963年11月22日。あの頃は翌年の東京オリンピックに日本中が沸いている時だった。とは言っても、俺が生まれるかなり前の話なんだけどね。個人的には、ケネディ暗殺にはLBJが一枚絡んでいると思うんだけど、GHWBが黒幕という説も未だに根強い。今となっては、真実は誰にも分からないだろう。

ケネディ大統領と言えば、生前、ベトナム問題にかなり頭を悩ませていた。アイゼンハワー大統領が警告を発していた軍産複合体(Eisenhower’s Military-Industry Complex Warning)は、当然、ベトナムへの全面介入を推していた。死の商人なので当たり前。そこで、ケネディ大統領が相談したのが、アイゼンハワーに並ぶ第二次世界大戦のヒーロー、我らのジェネラルマッカーサーだった。その時の詳細がこの興味深い記事”A New Take on General MacArthur’s Warning to JFK to Avoid a Land War in Asia“に載っていた。

マッカーサーはケネディに、“Anyone wanting to commit ground troops to Asia should have his head examined,”と言ったそうだ。マッカーサーは、アジアに地上軍を派遣するのはおやめなさいとケネディを諭したらしい。つまり、ベトナムに深入りするなと忠言したわけだ。マッカーサーが何故このような助言をしたかについて興味深いのが、この助言が朝鮮戦争の教訓から来ているのではなく、日本との戦いから来ているということだろう。ほぼ全てのマッカーサー歴史家・伝記作家が、このマッカーサーの言葉は朝鮮戦争の教訓から来ていると解しているのに、Mark Perryという歴史家は、太平洋戦争の教訓から来ていると主張しているのだ。

朝鮮戦争時、マッカーサーは、中国領内への爆撃をトルーマンに進言して解任されているわけだが(トルーマンはソ連の介入を恐れていた)、中国への(核)攻撃さえ許可されていれば、あの戦争は勝てていたと断言している(Douglas MacArthur: Atomic Bombs Will Win The Korean War?)。マッカーサーがケネディに言いたかったことは、核の時代においては総力戦など有り得ない、たとえあったとしても、核が使えなければ数の上で劣勢の米軍は不利だと言いたかったのだろう。つまり、朝鮮戦争がまさかの中国軍の介入を招いてドローに終わったように、ベトナム戦争も中国(ソ連)の介入を招いて泥沼化すると予言していたのだと思われる。アメリカが日本を無条件降伏させることができたのは、日本を支援する国も無ければ、日本が中国大陸に主戦力を釘付けにされていたこと、そして、原爆を使えたこと、この3点に大きく起因している。朝鮮戦争もベトナム戦争もこの3点に欠けていたので勝てなかったということだ。

マッカーサーは、アイゼンハワーのドミノ理論を一蹴している。ドミノ理論は、フランス軍がディエン・ビエン・フーで包囲されている際に、フランスへの援助を強化する大義を国民に説明するアイゼンハワーのスピーチの中で語られている。この絶望的な包囲戦の折、当時の米国務長官ダレスが、フランスに対して2発の戦術核兵器の供与をちらつかせたらしいが、真相は闇の中のようだ(Dien Bien Phu: Did the US offer France an A-bomb?)。たとえアメリカが南ベトナムを失ったとしても、ドミノ倒しでアジア全域が共産化することは有り得ないと、マッカーサーはケネディに言いたかったのだろう。そしてそれは正しかったことが証明されている。

この記事は、ケネディが生きていれば、恐らく、ベトナム戦争はなかっただろうと締めくくっている。逆に言えば、ベトナム戦争を起こすためにケネディは消されたと言えるのではないだろうか。そしてそれこそが、まさにアイゼンハワーが警告していた軍産複合体だったのかもしれない。いわゆる戦争屋というやつで、ベトナム戦争後に2度の大きな戦争(イラク戦争Ⅰ&Ⅱ)を起こした親子がいるが、この二人は軍産複合体の権化とも言えるだろう。ブッシュ家を調べてみるとナチスとの関係も出てくるので結構面白い(How Bush’s grandfather helped Hitler’s rise to power)。GHWBは、ソ連・アフガン戦争やイラン・イラク戦争でも死の商人やってたし、イラン・コントラ事件にも深く関わっていたと噂されているし、レーガン暗殺未遂後はレーガン政権の実権を握っていたとさえ言われている。GHWBの祖父Samuel bushも第一次大戦時に死の商人をやっていたと一部の間で囁かれている。

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