sympathy シンパシー empathy エンパシー compassion 意味 違い

今日は3つの英単語、sympathy (シンパシー), empathy (エンパシー), compassion (コンパッション) の意味と違いについて調べて行くつもりでいます。どれも似たような意味を持つ単語なので、どの単語を使うかは個人の好みの問題じゃないの?と思うのが普通かもしれませんが、どの単語をどの場面で使うべきなのか?と悩む人が多いのも事実です。sympathy (同情、共感、共鳴、賛成)、empathy (共感、感情移入、自己移入、自己投影)、compassion (思いやり、同情、哀れみ、慈悲)、この3つの単語は他者への労りの気持ちを表すのに用いられます。相手の気持ちになって相手のことを思いやるといった感じの考え方でいいかと思いますが、違うかもしれないので調べてみます。

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sympathy シンパシー 意味

誰かに不幸な出来事があった場合、誰もが、Please accept my sincere condolences. や Please know that I am here for you if you need anything at all. といったようなことを言ったり書いたり思ったりするかと思います。このような言葉が心に発現する時のあなたの気持ち(心情)が sympathy です。sympathy はあなたが他者の痛みや悲しみを認識した時の、あなたの心の中に生じる相手を労りたいと思う感情とも言えます。I have no sympathy for people who have no sympathy for others. 他者を思いやれない人々を思いやれない。 ネット上には、他人の不幸は蜜の味のような書き込みで溢れています。非常に嘆かわしいことです。英語にもドイツ語の Schadenfreude (他者の不幸に喜びを感じる) という言葉が存在します。他人の不幸は蜜の味というのは万国共通なのかもしれません。一昔前に、I don’t need (want) your sympathy, I need (want) your money. あるいは、Don’t give me your phony sympathy, give me your (f*****g) money! (同情するなら金をくれ)という衝撃的な流行語があったのですが、残念ながらシンパシーは相手に同情するだけで、あくまでもそこまでが限界なのです。同情だけなら猿でもできるではありませんが、シンパシーは口だけとも言えてしまいます。crocodile tears というイディオムまであるぐらいです。crocodile tears のwikiでの定義は以下の通りです。

Crocodile tears (or superficial sympathy) are a false, insincere display of emotion such as a hypocrite crying fake tears of grief.

うわべだけを取り繕ったシンパシーのことで、偽善者が嘘泣きして悲しいふりをする浅ましい行為のことのようです。

しかし、洋の東西を問わずに、映画やドラマ等で、お前に俺の気持ちがわかるか!みたいな台詞を耳にしますが、これこそがシンパシーの限界と言えるかもしれません。同じ経験をしていない者には、当事者の本当の悲しみは分からないという事です。失業した人に対し、失業する心配が全く無い社会的エリートが「お前の辛い気持ちは痛いほど分かるよ」と言ったところで、言われた方は「ハァ?」としかなりません。当事者と同じ経験の無い人間が感情移入しようとしたところで無駄だし、本当に相手の気持ちを理解できるなら、同情以上の行動が要求されます。「(本当に私の立場になって)同情するなら金をくれ」という言葉がまさにそれに当たります。

empathy エンパシー 意味

エンパシーはシンパシーよりも一段上の感情です。シンパシーがあくまで他者への同情だけなのに対し、エンパシーは他者への感情移入が発生するためです。例えば、誰かの愛着のあるものが壊れてしまった時、自分も愛着あるものが壊れた時の悲しみを知っているので、その人にただ単に同情するだけでなく、その人の気持ちになって心の底から一緒になって悲しんであげることができるのです。そこがシンパシーとエンパシーの違いです。失業経験者だけが、失業者の本当の気持ちを理解できるのです。エンパシーがあるかどうかは社会的に非常に重要な意味を持つため、最近ではIQよりも重要視されている指標があります。Emotional Intelligence (EQ 心の知能指数)とは、大雑把に言えば、相手の立場に立って物事を考えられる人間かどうかを計るテストです。つまり、テストを受ける人間にエンパシーがあるかどうかを読み取るテストとも言えます。英語で empathy は、The ability to step into another person’s shoes to understand what he or she is going through. のことで、他者の立場になって物事を考えられる能力(脳力)という感じになります。社会的成功者にEQが高い人が多いそうです。苦労した人間ほどエンパシーが強いのかと言えば、必ずしもそうとは言えないみたいです。辛い思いを多く経験すれば、それだけそういう境遇の人間を思いやれると思うのは間違いのようです。持って生まれた資質のようなものも関係するし(nature)、育った環境も大きく影響してきます(nurture)。エンパシーはその他に、自己移入(自己投影)という意味を持っています。これは映画やドラマや本の登場人物に自身を重ね合わせることで、自分があたかもその物語の一部であるかのように感じたり、役者が自分の役に完全になりきっている状態を指します。映画やドラマを見て泣く人は感受性が強いと言われますが、エンパシーが強い人ほどその傾向が顕著です。empath (エンパス)という単語がありますが、wiktionaryによると

One who has the ability to sense emotions; someone who is empathic or practices empathy.
(science fiction, parapsychology) A person with extra-sensory empathic ability, capable of sensing the emotions of others around them in a way unexplained by conventional science and psychology.

エンパシーのある人という意味の他に、超心理学(空想科学小説に出てくるような)で言うところの、自分の周囲の人間の感情を有り得ない精度で読み取る(共感する)能力のことのようです。一種の超能力のようなものですね。実際には感受性の非常に強い人のことや、相手の感情ばかり気にし過ぎる人のことを指すみたいです。エンパスの人は他者の感情を損ねないように他者に気を使い過ぎる余り、自分の感情を表に出せない人のこととも言えます。empath (エンパス)について興味深い記事があります。
Empaths vs. Codependents

I don’t like when the term “empath” is used interchangeably with “codependent.” “Empath,” which has its origins in the spiritual and metaphysical world, was never intended to be a replacement term for codependency.

empath (超共感)とcodependent (共依存の)が相互互換的に使われていることが好きじゃない。霊的で超常的なエンパスは、共依存という専門用語に取って代わる目的で存在しているわけでは決してない。

他者に気を使い過ぎて自分の感情を押さえ込む人は、他者に依存(搾取)されやすく、そういう泥沼の関係からも容易に抜け出せなくなってしまいます。それが共依存を生み出します。エンパスの人は、共依存の関係に陥らないように気を付けた方がいいです。

エンパシーを、reciprocal altruism (互恵的利他主義)と言う専門家もいます。一見利他的に見える他者への感情移入も、実は利己的な動機が原動力になっているということみたいです。この見識に関連する記事があります。Scientists can tell when your motives are truly altruistic, and when you’re secretly being selfish

For pro-social people, the opposite was true. They became even more altruistic in a reciprocal setting, but not in the empathy context.

向社会的な人達(philanthropists)に関しては、それとはあべこべでした。彼等は互恵的な環境ではより利他的になりますが、共感背景においてはそうはなりませんでした。

社会を良くしようとして行動する人達(慈善家)は、何か見返りを期待して行動する傾向が強いみたいです。つまり、純粋な他者への共感から社会的な行動をしているわけではないということらしいのです。大富豪による節税目的の寄付とか、社会的影響力を目論んだ莫大な寄付を示唆しているのではないでしょうか。もちろん、純粋な他者への共感からpro-socialな人達も存在します。互恵主義の慈善家は、共感するから見返りをくれ!ということなのかもしれません。パナマ文書で明らかになった大富豪や富裕企業の租税回避措置は、その国のインフラ、優遇政策、薄給精勤労働者達の恩恵で儲けた金を、社会に還元せずに tax haven に溜め込む事で、共依存関係・互恵関係を真っ向から否定しています。

参考サイトsympathy/ empathy
参考サイトEmpathy

compassion コンパッション 意味

compassion (コンパッション)はエンパシーのさらに上を行きます。シンパシーの他者への同情、エンパシーの他者への感情移入に対して、コンパッションは他者への献身的な行動を意味します。かつて、George W. Bush (ジョージ・W・ブッシュ)が、自身を称して、compassionate conservative (思いやりのある保守派)と言っていましたが、その精神から彼は共和党の伝統的な小さな政府を徹底否定し、巨大な政府を構築していったのです。アメリカの保守層の motto (標語)は、self-responsibility (自己責任)、He who does not work, neither shall he eat. (働かざる者食うべからず)だったのですが、ブッシュはこれでは選挙に勝てないと、この原則を反故にしてしまったのです。働けるのに働かない人間を助ける義理は本来誰にもありません。ワーキングプアのように、働けど働けどなお我が暮らし楽にならざりの人々や、働きたくても働けない人達だけを助けるべきなのです。働けるのに働かない人間の保護は、治安維持の目的が強いんでしょうけど、労働意欲を削ぐようなことはすべきではありません。Compassion requires action. (コンパッションは行動を伴います)だそうです。本当に他者を思いやれる人間は、他者のために行動せずにはいられなくなります。これがcompassionがsympathyやempathyと一線を画す理由になっています。但し、それは完全なる利他愛でなければならないのです。利己的(互恵的)な要素が微塵も有ってはならないということです。Do unto others as you would have others do unto you. (己の欲する所を人に施せ)が原則で、全てが他者のためであり、そこに自己の欲求が介在することは一切許されません。

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