Father’s Day (父の日)なので父親について考えてみる

ある程度の歳になると父親の存在とかはうざくなるもので、それはある意味自立の象徴でもあるのかもしれないのですが、父親が嫌で家を出て自活する人が意外と多いと聞きます。しかし、家を出たからといって親が親でなくなるわけでもなく、親はどこまで行っても親であることには変わりはないのです。留学中にアメリカで見たテレビ番組で(もしかしたら夢の中の話かもしれません)、父親とけんかして若い頃(10代)に家を飛び出し、それから自堕落な人生を好き勝手に生きて、案の定重い病気を患い、それまで友達と思っていた人達は離れて行き、結局実家に帰る以外には道がなくなり、十数年ぶりに実家に帰るのですが、両親は我が子の変わり果てた姿に涙が止まりません。それから実家で闘病生活をする事になるのですが、父親は我が子の病気で苦しむ姿を見て、嗚咽しながら言葉にならない言葉で、過去のけんかのことを詫ます。父親はずーっと苦しんでいたのです。10代で家を出て行ってしまった我が子の安否も分からず、とにかく無事だけを祈り続け、10数年ぶりにやっと再開できたと思ったら、我が子が病気で変わり果てた姿になっているのですから、その思いたるやいかばかりか。父親と子供は失われた10数年を取り戻すべく、親子の絆を深めていくのですが、親子の絆が強くなればなるほど、父親の苦悩は深まっていってしまいます。父親が子どもとの距離を置き始めた時、その微妙な変化に母親が即座に気付き、父親を問い詰めます。「何故あの子の側にもっといてあげないの?」この質問に対し父親は「仕事が忙しい、いつまでも感傷に浸ってはいられない、医療費のこともある」と答えるのですが、母親は泣きながら「何であなたはいつもそうなの!仕事より子供が大事じゃないの!」と叫ぶのですが、その後も母親は父を罵倒するのですが、父親は遂に泣き崩れながら「あの子のあんな姿を見ることが耐えられない、俺はあの子を2度も失いたくはないんだよ」と言ったのを覚えているのですが、夢の話だったのか現実にテレビで見た話だったのかがはっきりしません。何れにしても、この話を通して、子供は何歳になっても子供だし、父親も何歳になっても父親なんだという事を実感させらたのです。

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父親の愛を知らずに育った父

私の父が6~7歳の時に父親(祖父)が出征して、その後すぐに父親がいなくなるので、父親のことはあまり覚えてはいないらしく、ある意味可哀想な境遇だったわけなのですが、当時の日本にはそういう子供が多かったのも事実で、大変な時代だったことを再認識させられます。祖母が戦後の混乱の中で、女手1つで男兄弟4人を育てることになるわけですが、それはもう本当に想像を絶する大変な苦労をしたらしく、明治生まれの人は本当に強かったんだと思わずにはいられません。そんなこんなで、私の父は立派な社会の一員となり、40年以上同じ会社で勤めて退職するのですが、一番良い時代に生きたような気がします。終身雇用、年功序列、企業別組合の三種の神器に守られた悠々自適な会社員生活だったようです。

父親になれない日本人とならない日本人

未婚社会の進展で、父親になれない日本人が激増しています。結婚出来たとしても、経済的な理由から子供を持たない選択をする夫婦が増えています。何とも酷い世の中になったものだと、多くの日本人が嘆き悲しんでいます。親になれない日本人もそうですが、孫の顔を見れない日本人もそうなのです。結婚して子供を持つという当たり前だった事が当たり前な事ではなくなり、男は家庭を持って初めて一人前になるという言葉が、すっかり過去の遺物になってしまっています。父親になれない男ははっきり言って不幸だと思います。確かに無い子には泣かされないという名言もありますが、親に孫を見せるのが一番の親孝行と言われるように、親孝行はすべきかもしれません。親が子供を持たなければ私達も存在しないわけで、そう考えると、子供を持つことの大切さが実感できます。ごめんよ、まだ見ぬ俺の子供(達)よ!といった心境になります。妻の両親を含めた4人の親に孫の顔を見せられないのも非常に残念です。妻が一人娘なだけになおさらです。私の両親にも孫がいないわけなのですが、これはもう仕方ないとしか言いようがありません。

何でこうなった

何故こうなってしまったのでしょうか?何故結婚するのが当たり前ではなくなってしまったのでしょうか?何故子供を持つのが当たり前ではなくなってしまったのでしょうか?答えは簡単で、正社員で働くのが当たり前ではなくなったからです。今や結婚適齢期の4割は非正規雇用と言われています。あるいは、結婚適齢期の半分の男が、無職か非正規雇用と言われています。これでは未婚社会が急ピッチで進み、出生数が100万人割れ目前なのも頷けます。父親になれない日本人が急増しているこの異常現象について、父の日にじっくり日本人は考えるべきだと思います。まだ見ぬ未来の子供達のためにも、その子供達が父の日に父親に対して「お父さん、私を育ててくれてありがとう」と言えるようになるためにも、日本人は何とかしないと、日本そのものの未来が無くなってしまいます。子供が国の未来である事を決して忘れてはいけないし、父の日に父親になれない日本人の事を考えることは、国の未来を考えるのと全く同じ事でもあるのです。

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