名言Grief can take care of itselfはどう訳せばいいのか?

Grief can take care of itself, but to get the full value of a joy you must have somebody to divide it with. – Mark Twain (マーク・トウェイン)

wikiの訳は、悲嘆はひとりでに癒されるが、喜びの真価は他人と分かち合わなければ得られない。

Grief can take care of itselfのウィキの訳は、悲嘆はひとりでに癒されるになっている。

ググると、悲しみは一人でもどうにかなる、深い嘆きは他に必要とするものはない、悲しみは一人で味わえばよいが、泣くときは布団かぶって一人で泣き、悲しみはほっとけばがいいが、悲しみは自然に癒えるのを待てばよいが、苦悩はそれ自体で対応できる、悲嘆はひとりでに癒されるが、などかなり多くの訳が見受けられるが、この英文を直訳すれば、悲しみは自分の面倒を見れる、つまり、放っておいても問題はないという意味を踏まえた上で、自分なりの訳を付ける必要があるのは言うまでもない。

この名言の肝は、悲しみと喜びを対照的に語っていることであり、つまり、喜びの感情が持つ他人と分かち合うという意味に対応させるには、悲しみという感情の方は、自分一人の胸の内にしまっておく(他人と悲しみは共有しない)という意味を持たせる必要があるということだ。そのことを踏まえると、悲しみは自分の胸の中にしまっておけばいいが、喜びは人と共有しなければ価値がない程度に訳しておくのがいいだろう。男なら人前で悲しいところを見せるな(女々しく振る舞うな)とよく言われるように、悲しみなんて言うものは、人から同情を買おうとしてひけらかすものではなく、本来は、自分の胸の中にとどめておくべきものだ。こういう言い方をすると、フェミから女性蔑視のように言われるかもしれないが、男女平等がやかましく叫ばれる今の世の中にあっては、女も、悲しみを人前でひけらかすような女々しい振る舞いはやめろと言うのが、むしろ正論なのかもしれない。

しかし、実際には、ほとんどの人間は、他人の悲しみも喜びもどうでもいいと思っているし、むしろ他人の不幸は蜜の味と思っている人間が圧倒的に多い、例えば、親友から、宝クジ10億当たった!と喜びを共有されたらどうだろうか?そんなもん共有されても、嫉妬心以外湧かないだろうし、10億当たったんなら1億ぐらいくれやという話になるだろう。全ての喜びを、自分以外の他人と共有すればいいというわけではなく、本当の喜びは、自分だけの胸にしまっておくのがいいのは言うまでもない。

スポンサーリンク

フォローする

スポンサーリンク