couldn’t care less vs. could care less 意味、違い、使い分け

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イディオムcouldn’t care lessとcould care lessの意味と違いと使い分け方を調べてみました。先ず、I couldn’t careless.と、carelessとcare lessを間違えないように注意が必要です。careは動詞、carelessは形容詞なので、carelessだと文に動詞が存在しないので文自体が成り立ちません。couldn’t care less は二重否定なので文法的に正しくないというネイティブも相当数います。

dial upにはダイヤルアップ接続以外の意外な意味があった
dial up(dial-up, dialup)という熟語を辞書で調べると、一昔前のダイヤルアップ接続の事を意味していることが分かります。一方、dial downを辞書で調べてみると、トーンダウンする、(~のレベル)を抑える、といった意味になっているので、dial upの方にも、当然それと似通った、真逆の意味があるんじゃないの?という事は、素人目にも容易に想像がつきます。

彼等によると、could care lessの方が文法的に正しいらしいのです。そういうこともあって、この2つの似たようなフレーズがどっちが正しいのか?あるいはどっちも正しいのか?という問題を今日は紐解いて行こうと思います。一部のネイティブ達にとって、この2つのフレーズは相当思い入れが強いらしく、あるサイトではかなり激しいバトルが展開されていました。

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“couldn’t care less” or “could care less”

まずは”could care less”と”couldn’t care less”の人気度を比べてみました。人気度は”couldn’t care less”が上みたいです。

When you want to colloquially express that you don’t care at all about something you might say “I couldn’t care less.” This phrase first popped up in British English at the turn of the 20th century and is still popular today. In the 1960s, a controversial American variant of this phase entered popular usage: “I could care less.” Many native English speakers, both in the UK and US, find this expression to be logically flawed. If you couldn’t care less, then you care so little about something that it would be impossible for you to care any less than you do. If you could care less, however, you are saying, literally, that it is possible for you to care less than you care now. Those who take issue with this believe this later variant says very little about your level of caring, and so eschew it.

double down ダブルダウン triple down 意味
今回はイディオム、double down についてかなり詳細に調べて行きたいと思っています。このフレーズは元々は、ブラックジャック (漫画やアニメのブラックジャックではなくトランプのblackjackのこと)の倍賭けというルールに由来しているらしく、そこから転じて賭けを倍増(倍額)するみたいな意味になっています。

「何かについて全く気にしないと口語的に表現したい時に”I couldn’t care less”と言うかもしれません。このフレーズは20世紀初頭に初めてイギリス英語に登場、今日に至るまで人気を保っています。1960年代”I could care less”という問題のアメリカ変異形が人気を得始めました。米英の多くのネイティブスピーカー達は、このフレーズは論理的に欠陥があると考えています。もし、あなたが、”couldn’t care less”だとしたなら、あなたが何かについて今よりさらに気にしないのは不可能だという事になります。しかし、もし、あなたが、”could care less”なら、文字通り、今よりさらに気にしない事が可能となります。この事に異議を唱える人達は、後者の変異形はあなたの気遣いの度合をほとんど述べていないと考えているので、変異形の使用を控えています。」

Etymologists suggest that “I could care less” emerged as a sarcastic variant employing Yiddish humor. They point to the different intonations used in saying “I couldn’t care less” versus “I could care less.” The latter mirrors the intonation of the sarcastic Yiddish-English phrase “I should be so lucky!” where the verb is stressed.

「語源研究者は”I could care less”はイディッシュユーモアを用いた嫌味な変異形として現れたと示唆しています。彼等は、2つのフレーズを発言する時のイントネーションの違いを指摘しています。後者の”I could care less.”は、動詞に強勢を付ける皮肉なイディッシュユーモアフレーズ”I should be so lucky!”に酷似しています。」”I should be so lucky!”(私は本当に幸運で有るべきだ)が皮肉なのは、それが本当は “I have no hope of being so lucky”(そんなに幸運になるはずもなく)を意味しているからです。ラッキーでありたいとは誰もが願うことなのですが、本当にラッキーな人間は非常に少ないのです。ほとんどの人間が不幸と言っても過言ではありません。

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The argument of logic falls apart when you consider the fact that both these phrases are idioms. In English, along with other languages, idioms are not required to follow logic, and to point out the lack of logic in one idiom and not all idioms is…illogical. Take the expression “head over heels,” which makes far less sense than the expression “heels over head” when you think about the physics of a somersault. It turns out “heels over head” entered English around 1400, over 250 years before “head over heels,” however, the “logical” version of this idiom has not been in popular usage since the late Victorian era.

nothing less thanとnothing more thanの意味・用例
nothing less thanは、オンライン版ロングマン現代英英辞典によると、〜以外の何ものでもない, 〜にほかならないと意味が定義されていて、His rescue is nothing less than a miracle. 彼の救出は奇跡以外の何物でもない。という例文が掲載されています。

「あなたが、これらのフレーズが、共にイディオムという事実を考慮したとしたならば、論理という論拠は破綻してしまいます。その他の言語と同様に、英語においても、イディオムが論理的である必要はありませんし、全てのイディオムに対してではなく、一つのイディオムだけに論理的ではないと指摘する事こそが非論理的なのです。 “head over heels”という表現を例に取れば、宙返りを物理学的に考えた場合、”heels over head”という表現よりも遥かに意味不明です。“heels over head”は、“head over heels”より250年以上前の1400年頃に英語の一員となっていることが分かっていますが、このイディオムの論理的バージョンはビクトリア時代後期以降ほとんど使われなくなっています。」

never cease to amaze / never fail to amazeの意味・用例
never cease to amazeとnever fail to amazeは、主語にはいつも驚かされるといった意味になります。neverとcease to (fail to)の二重否定になっていて、驚かさないことがない = いつも驚かす(驚かされる)、驚かされてばかりいるという意味になるというわけです。

イディオムに論理も何もないというわけです。論理が優先されるなら”heels over head”が生き残ったはずですから。つまり、将来的に”could care less”が生き残る可能性もあるという事です。

The usage of “couldn’t care less” versus “could care less” is a very polarizing issue as you can see in British comedian David Mitchell’s rant, though both phrases are in popular usage. Because most modern English dictionaries define words and phrases using a descriptive approach, you’ll find both “couldn’t care less” and “could care less” in Dictionary.com. The lexicographers at Dictionary.com aim to record language as it is actually used, without judgment. That said, not everyone you encounter will be a lexicographer, so be aware that those in the camp of David Mitchell will cringe if you use “I could care less” in conversation. – http://blog.dictionary.com/could-care-less/

「“couldn’t care less”に対する“could care less”の語法は、双方のフレーズが人気のある語法にもかかわらず、イギリス人コメディアンのデビッド・ミッチェルの激しい非難を見れば分かるように、非常に対立を煽る問題となっています。最も近代的な英語辞書は記述的アプローチを用いてワードとフレーズを定義しているので、Dictionary.comでは両方のフレーズを採用しています。Dictionary.comの辞書編纂者は私意を挟まずに、言語を実際に使われているまま記録することを目標としています。とは言っても、あなたが出会う人全てが辞書編纂者とは限らないので、もし、あなたが、会話において、“I could care less”を使う場合、デービッド・ミッチェルの陣営にいる人達が辟易するだろう事を忘れないで下さい。」

put all of our eggs in one basketの意味・用例
フレーズ、put all of our eggs in one basketの意味は、1つのバスケットに手持ちの全ての卵を入れてしまうということです。卵売りのお婆さんが、全ての卵を1つの籠に入れて行商していたと仮定しましょう。不幸にも途中で転んでしまった場合、全ての卵が割れてしまい商売あがったりになってしまいます。

別のサイトだと、はっきりと、”could care less”の使用は誤りだと言い切っている人がいます。

In BrE, we use “I couldn’t care less” which, as you now know, means “I don’t care at all”. Inexplicably, AmE uses “I ould care less” to mean the same thing. I have never heard an explanation for that. I’m sure our AmE speakers will let me know if that version of the phrase is falling out of use in favour of the one that makes sense.

Sadly, I can confirm that some AmE speakers (mostly young) make the mistake of using “I could care less” when they mean “I couldn’t care less”. I hate that usage. Unfortunately it seems to be here to stay. http://www.usingenglish.com/

「イギリス英語だと、今はご存じのように、全く気にしないという意味で“I couldn’t care less”を使います。どういうわけか、アメリカ英語では”I could care less”を同じ意味で使っています。私はこの事の説明を一度も聞いたことがありません。このバージョンのフレーズが意味的に正しいフレーズを支持して使われなくなってきているのかどうか、アメリカ英語スピーカーが教えてくれる事を確信しています。悲しい事ですが、私はアメリカ英語スピーカー(ほとんどが若年層)が間違って”I could care less”を使っていると断言できます。私はその語法が大嫌いです。残念ながら、その語法はアメリカ英語に浸透しているように思われます。」

結論としては、口語では皮肉的に言えばOK、文語ではNGという事みたいです。

So it’s actually a very interesting linguistic development. But it is still regarded as slangy, and also has some social class stigma attached. And because it is hard to be sarcastic in writing, it loses its force when put on paper and just ends up looking stupid. In such cases, the older form, while still rather colloquial, at least will communicate your meaning — at least to those who really could care less. http://www.worldwidewords.org/

putative should(推定のshould)の意味・用例
putative should(推定のshould)は、ネットで英文記事を閲覧していると、たまに見かけることがあります。多くの日本人にとって、should have 過去分詞という形は、~すべきだった(のにしなかった)という意味なので、推定的shouldに出くわすと面食らうかもしれません。~すべきなのにしなかったという訳にこだわると、おかしな訳文になってしまうからです。

「そういうわけで”I could care less”は、実は、非常に興味深い言語学的進歩なのです。しかしながら、それは未だに俗語扱いだし、低学歴層の烙印まで付いてしまっています。また、文書では皮肉は伝わり難いので、紙上ではその効力を失い、ただ馬鹿っぽく見えるだけです。そのようなケースでは、未だやや口語的ではあるとはいえ、古い形は少なくともあなたの意味する事は伝えるでしょう。少なくとも、本当に関心のある人達に対しては。」

“could care less”は使うと”moron”扱いされるので使わない方が無難らしいのですが、実際に使う人が多いので何とも言えません。

“I could care less”は本来は”As if I could care less.”(まるで俺が少しは気にしているような)という皮肉な使われ方をされていたのが、”As if”が省略されて使われるようになったという説もあって、言外の意味が読めない人間の方が馬鹿だと言っている人もいます。

イディオム coal mine canary 炭鉱のカナリア、カナリヤの意味
"Coal Miner's Daughter"(炭坑夫の娘)は世界的に有名ですが、炭坑カナリアは炭坑に住むカナリアのことかな?と誰もが思うはずです。炭鉱にカナリアがいるのかどうかは別として、coal mine canaryと言うからには、炭鉱のカナリアという意味に違いないはずですので、本当にそういった意味なのかどうかを調べてみました。

Stupid people often complain about this phrase, insisting that “I couldn’t care less” should be used instead. This is because they fail to realize that “I could care less” is an appropriate and historically popular idiom that dates back to the 1960s.

The very same morons will probably tell you, “But if you could care less, that means you actually cared about it at least a little bit in the first place.” That is because the sarcasm is lost on them. Should you hear this, just smile and enjoy knowing that you are speaking to someone of low intelligence. – http://www.urbandictionary.com/

「馬鹿な人間は、”I couldn’t care less”が代わりに使われるべきだと強く主張し、しょっちゅうこのフレーズに対してケチを付けます。これは彼等が”I could care less”が1960年代へ遡る歴史と由緒のあるポピュラーかつ適切なフレーズだという事を完全に忘れているせいです。その全く同じ人達は、たぶん、こう言うでしょう、”でも、もし”if you could care less”なら、そもそも、君が、本当は、少なくとも、ちょっとはそれについて気にしているという意味なんですよ。”これは彼等に皮肉が通じないせいです。もし、この台詞を耳にしたなら、ただ笑ってあなたが池沼と会話しているんだなぁと思って楽しんで下さい。」

as well as, as well, might (may) as well, just as well, may well 意味、使い方
as well as, as well, might (may) as well, just as well, may well について調べてみました。as well as にはさまざまな意味があるので、非常にややこしいイディオムになっています。例えば、He is rich as well as kind. (彼は親切な上に金持ちです)、この場合の as well as は、同時に、同様に、さらに、その上と言ったような意味で使われています。

結論から言うと、どっちも正しいのかなぁという感じで何とも言えません。could care less については、んー、アメリカでは結構ポピュラーなフレーズみたいだし、皮肉的に使われているらしいし、口語はOK、文語はNG(かなぁ)、が無難としか言えません。やはり。元来は”apathy”を意味しているらしいので、皮肉的に言った方がいいのかもしれません。皮肉を込めて言う分には何も問題ないと思うのですが、文章で使うには問題が出てくるかもしれません、というか、文章では使わない方が無難かもしれません。個人的には使いません。

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